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んではなくて、1年間神様になりきらないとだめなんです。生活からすべて神様になりきってしまうわけです、だから、それが結局できなくて消滅した芸能。例えば、「イザイホウ」という久高島にすばらしい行事がありました。あれは、結局神様のなり手がいなくなった。それは、普通の本土の芸能と違って、もっと人間の原点を表現したすさまじいものがあるんです。お祭りの時期になりますといろいろな人たちが集まってくる。
それで、今帰仁という城、そこの資料館を調べたんですけれども、あそこの人たちは、それに非常に誇りをもっておりまして、皆さん行かれるとわかりますが、ちょっと異様な感じがします。芸能が生きているところと、破壊して変革してしまった場所とでは地域の特性がとても違うなということを感じましたね。
鈴木委員長 そうですね。沖縄というのは、殊に伝承芸能に関する限りでは別格ですね。
中坪委員 それで、沖縄のイメージは最初芸能から始まっているんです。芸能のイメージから始まって町づくり、村づくり、あそこはちょっと違うんですね。
鈴木委員長 そうですね。違いますね。やはり世界で最初に武器を放棄した国でありますだけに、芸能に関しては沖縄に行きますと全く別のもので、もううらやましい限りで……。
私も一つ、若い人がやっている大変きれいな影絵があるんです。学校が、前は影絵をやると、先生たちが日曜日でも子供を連れてみに来てくれたんですが、だんだん先生に対する締めつけが厳しくなりまして、学校の授業以外のことはやるなとなってきたわけです。そのために学校から締め出されて、幼稚園、保育園でやるようになってしまったのです。ですから、当然収入がないものですから、最初は、先ほどお話しの文化会館で練習場をもっていたんですけれども、そこも追い出されて、村の倉庫の中でやっていたのです。しかもスクリーンが全部広げられない。半分か3分の1にたたんで稽古するという状態だった。
で、私は知りまして、大変素敵な努力をしている。よしというので、今、日本で影絵のスクリーンとしては一番大きいだろうと思いますが、横が13メートル、縦が5メートルぐらいあります。それと、それを張る鉄骨。それから、それまではお人形一つに後ろから電気をもってやるくらい、お人形一つに人間1人が要るという状態だったんですが、1人で操作できる配電盤もつくってやりまして、新しい脚本、子供だけではなくて大人もみられるような脚本をつくりなさいということでやりまして、今、地方の影絵の団体としては恐らく一番活動しているだろうと思います。
それと、沖縄の八重山の琉球舞踊とあるとき交換したんです。こっちから石垣へこの影絵を送って、石垣の八重山舞踊を私の劇場へもってきて、5月5日午後2時、同時に開演したんです。これはテレビで同時中継しようと思ったくらいなんです。ところが、この影絵をやっている連中が喜んだのは、初めて熊本県外に出られる。自分たちのものをよその人にみてもらえると。そのために大変勇気づけられました。一番中心になっているのは九

 

 

 

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